大切なのは「良い標準」を育み、高いレベルを目指し、死ぬほど音楽に打ち込むこと。

[写真]ボブ・ザング氏初めて「Sukiyakiソング」を耳にした時、「何だろうこれは?」と思った。そして胸にしみるものを感じた。その時から日本という国、日本の文化に興味を抱いたというボブ・ザングさん。音楽に対する熱い思いを、流ちょうな日本語で語ってくれました。実はボブさんの日本語は、ミュージカルのオーケストラピットの中、電子辞書片手に独学で勉強したものとか。語学に天才なしの言葉は、音楽にも通じるものがあるようです。

「ボクやめる」から始まった音楽人生

どうして音楽という仕事を選んだのか? そう聞かれることが時々あります。その質問、自分の中でピンとこないんです。ボクが選ぶのは楽器だけ。音楽を選んだのではなくて、音楽に選ばれたという方がしっくりします。他の選択肢は考えたこともありませんでした。そして今、ボクは音楽をやっている。それだけ。だからこそ、自分の音楽を高めていきたいと真剣に思うし、そのための練習も全然苦になりません。

だけど、サックスという楽器に出会うまでを振り返ってみると、いろいろなことがありました。

初めて音楽を習ったのは8歳の頃。3年くらいピアノのレッスンを受けたんですが、途中で放り出してしまいました。もともと音楽は大好き。先生もいい人。それこそ、音符の読み方のような音楽の初歩から教えてくれました。でも、ピアノの練習曲が好きになれなかったんです。何のためにこんな練習しなければならないのか、自分の中でどうしても納得がいきませんでした。昨年ボストンの実家に帰ったら、84歳になる母が「ボブ、面白いものを見せてあげる」と1枚の紙切れを手渡してくれました。そこには、“I quit !(ボクやめる)”と一言。それはたしかに、子どもの頃のボク自身の字でした。

サックスとの出会い

次にトライしたのはクラシックギター。音色が気に入って1年ほどレッスンを受けましたが、今度は先生と相性が悪くて止めてしまいました。その頃の友人のお父さんがジャズ好きで、地下室に立派なステレオセットを持っていました。そこで出会ったのがアートペッパー。それまで耳にしてきた音楽とはまったく違う。表現もアドリブも気に入った。「これだ!」って感じでした。サックスかトランペットか。どちらかで行こう。で、友だちからトランペットを借りたんですが、1週間しても音が出ない。じゃあサックスだ、ということで吹いてみると、すぐに音が出た。サックスをやるようになったのは、こんないきさつからでした。

日本ではピアノ教室があったりバイオリン教室があったり、子どものころから、その楽器専門のレッスンを受けることができますが、アメリカでは少し事情が違っています。子ども向けの音楽教室の先生は、ひとりで様々な楽器を教えてくれます。ボクが最初にサックスのレッスンを受けたのもそんな先生でした。しかし、サックスが専門ではないから、すぐにこの先生ではダメだ、ということになったんです。そして出会ったのが、ジョー・ビオラ。さまざまな偶然から、バークリー音楽大学で教える彼のプライベートレッスンを受けるようになったのです。

恩師、そして環境から学んだこと

音楽に関して、ボクが知っていることは、すべてジョーのおかげと言ってもいいくらいです。それくらい彼からは多くのことを学びました。楽器の扱い方、テクニックはもちろん、ジャズの感性も、音楽に対する姿勢も。17歳でバークリー音楽大学に入学してからも、もちろんボクの先生はジョーでした。どんなに頑張っても、彼よりうまく吹くことはできない。だけど、ジョーに聞かせたいという思いが強かったから、一所懸命に練習しました。

いい先生との出会いは、人を成長させてくれるものです。そして、もうひとつ、ボクにとって幸せだったのは、バークリーという場所で音楽を学ぶことができたこと。とにかく周りはうまい人ばかり。違う楽器をやっている人からも刺激を受けることが多かったですし、具体的にテクニックを学ぶことも少なくありませんでした。その頃から、自分の仕事は音楽だと考えていましたし、音楽を仕事として生きていくからには、サックスだけではなく、フルートやクラリネットも吹けた方がいいのは当然。ブロードウェイでは、マルチリードプレイヤーは当たり前の存在だったからです。

クラシックを学ぶ

大学を卒業して1年ほど、ジャズやロックのバンド活動をしていました。振り返って見ると、とても楽しい時代でしたが、「もっとうまくなりたい」という思いが膨らんでいった1年間でもありました。そこで、ボストン大学大学院に進学。これまでとは180度違って、クラシック漬けの日々を送りました。ボストンフィルのメンバーが教えているくらいですから、もちろんレベルは高い。それに、練習量もバークリーの頃の数倍。クラシックとジャズのいいところを学ぶことができたのは、ボクの人生にとっていいことでした。多くの親友もできましたしね。

でも、繰り返しになりますが、ボストン大の大学院に進んだのは、将来のキャリアを考えてといったことではないんです。楽器をやっているんだから、うまくなりたい。それだけでした。そんなシンプルな考え方って、音楽をやる上でとても大切だと思います。

そして日本へ

大学院を修了してからは、コンサート活動やジャズクラブでの演奏、テレビ・ラジオ番組への出演、CMやテレビのテーマ音楽のレコーディングなど、幅広く活動してきました。サミー・デイヴィス・Jrやレイ・チャールズといった名プレーヤーたちとのセッションも経験しました。そして、バークリーの助教授として尊敬するジョーの隣りの教室で教えるようにもなりました。でも、バークリーで教えている頃は、自分の時間の95%は大学の中。コンサートなどの活動に割ける時間はわずかしかありませんでした。後に大切な奥さんとなる女性(絹子さん)との出会いや、7年間教壇に立つともらえる1年間の自由な時間と彼女の帰国が重なったこと、ちょうどその年『ミスサイゴン』の日本公演の仕事の話もあって、91年に日本へ。以後、日本で活動することになったのです。

日本に来て、ボクは本当によかったと思っています。日本でも週に1回大学で教えてはいますが、バークリーのころとは逆に、時間の95%を自分の音楽活動に当てることができます。アメリカで活動している頃にも、すごいミュージシャンたちと共演することはありましたが、アメリカにいたら多分経験できなかったこと――、たとえばキャスリーン・バトルのようなミュージシャンと共に演奏する機会もあります。渡辺俊幸さんや玉置浩二さんたち、ボクが尊敬する日本人音楽家と出会うこともできました。

音楽を学ぶ日本の若い人たちへ

ボクがサックスを吹くと、「さすがアメリカ人。やっぱりレベルが違う」という人がいますが、そんなの大間違いです。国籍とか人種とか、そんなもので音楽のよし悪しが決まるものではありません。最初から負けて当たり前と考えていたら、楽かもしれませんが、決してうまくはなれません。

もちろん、ジャズもクラシックも、アメリカやヨーロッパで生まれた音楽ですから、その環境の中で育てば自然と「良い標準」が自分の中に備わってくるものです。いい音、いい演奏が当たり前のものとして身の回りにあれば、目指す音楽のレベルも高くなって当然です。だから、大切なのはいい音を聴くこと。どう演奏するかというテクニックより、“How to listen”の方が重要なんです。ボクはお金のためとかプライドのためとかではなく、ただ自分の音楽を高めることに努めてきました。だから、ボクの演奏は必ずいい「お手本」になるという自信を持っています。必ずしもいい音、いい音楽といえないものが氾濫する現在だからこそ、自分の中に「良い標準」を育んでいくことを意識してほしいですね。

もうひとつ強調したいのは、うまく演奏できるというのは魔法なんかじゃないということ。よく聴き、深く聴き、そして死ぬほど練習する。それに尽きると思います。音楽の世界は、どんなに苦労してでも自分はやるんだ、という強い思いを持っていないと生きていけない世界です。若いうちに一度は、まわりがまったく見えなくなるくらい音楽に打ち込む時期をつくって下さい。そうすれば楽器が自分の体の一部になるはずです。


↑ページの先頭へ [U]