profile
作曲家。1955年2月3日名古屋生まれ。少年時代からドラムに興味を抱く。中学時代には、東海ラジオで森本レオ氏がパーソナリティをつとめる番組の作曲公募に入選。青山学院高等部では、矢野顕子氏と、彼女が中退するまでコラボレーションを行う。青山学院大学入学と同時にフォークグループ「赤い鳥」に入団。ドラマーとしてプロ活動に入る。「グレープ」のサポートミュージシャンを経て、さだまさし氏のミュージカルプロデューサー及びアレンジャーとして活躍。'79年渡米後、バークリー音楽院にてクラシック及びジャズのコンテンポラリーな作編曲技法を、ボストンコンサーバトリーにて指揮法を学ぶ。又、ジョニー・マンデルのオーケストレーターとしても著名なアルバート・ハリス氏に師事し、ハリウッドスタイルのオーケストレーションと映画の為の作曲技法を学ぶ。 帰国後、作曲家として数々の映画、テレビドラマ、アニメーション等の音楽を担当。最近の代表作としてNHK大河ドラマ「利家とまつ」、「毛利元就」、NHKドラマ「夢みる葡萄」、「大地の子」、フジテレビ系ドラマ「忠臣蔵」、東宝映画「モスラ」・「サトラレ」・「解夏」(2004年1月公開)などがある。
12月17日にソニークラシカルより初の作品集「浪漫飛行〜NHKテーマ音楽集他」がリソースされる。
「リング〜最終章〜」が第20回ザ・テレビジョン ドラマアカデミー賞、劇中音楽賞受賞。
作曲家の子息として生まれ、クラシック音楽にあふれる環境に育った渡辺さん。しかし、青春時代はポップスミュージシャンとして日本のミュージックシーンに深い関わりを持ち、やがてボストンの地でクラシック音楽と衝撃的な「出会い」をされました(前回参照)。作曲家として、人々とクラシック音楽の架け橋となるような仕事を数多く手がけられている渡辺さんは、音楽についてどんなお考えをお持ちなのでしょうか ……。
「利家とまつ」のような大河ドラマのテーマ音楽は、2分40秒という短さ(それでも通常の番組テーマ曲の2倍!)ですが、シンフォニックな音を全国の人々に聴いてもらえる絶好のチャンスです。管弦楽の魅力、とくにオーケストレーションを強調する音楽づくりを心がけました。
映画音楽も私の活動ジャンルのひとつですが、現代音楽的な語法が要求される場面は少なくありません。しかし、たとえば不協和音ひとつとっても、現代音楽的な語法は「不安」「恐怖」「神秘」といった心理を表現するのに適しています。「第九」を聴いて無条件にワーっと感激するのとはほど遠いもの。それが、私にとってひとつ気になるところでもあるのです。
現代音楽的な語法、とくに先端的なものは、希望とか平和といったプラス方向の心理に作用するのが難しいのは事実だと思います。音楽を志し、音楽を仕事とする人の大多数が、そんな現代音楽的なものに走っていたら、やがて「楽しみを抱きながら聴衆がコンサートに行く」ということがなくなってしまうのではないか、と思えてならないのです。
ところが、音楽の専門家たちの間では、たとえば晩年に美しい音に回帰した武満徹さんを「堕落」ととらえる人が少なくありません。これはたいへん悲しいことだと思います。才能ある作曲家にとって、いいサウンドをつくり出すことは努力さえ惜しまなければそう難しいことではないはず。本当に困難なのは、いいメロディをつくり上げることなのです。例えばドビュッシーやラベルのように独自の斬新なサウンドと共に印象に残るメロディラインを創造できる作曲家こそ、私たちは目指さなければならないと思っています。美しいばかりでは古臭く見られがちなのも確かですが、だからといって全否定するのではなく、少し先を行くような音楽。さらに言い換えれば、クラシックの伝統的な語法から、現代音楽的な語法まで、すべてをマスターした上で、人間としての自然な感情を表現するような音楽を創造すること。そんな音楽家がもっと増えていいと思うのです。
仕事というのは、「人のためにするもの」というのが私の信念です。物々交換の時代から、何かをつくることで生活してきた人々の心にあったのは、「人が喜んでくれるものをつくろう」という思いであったはず。これは、ものをつくる人間の基本だと思うのです。音楽家を目指す人の中には「好きだからやっています」という人も少なくありませんが、これも私はちょっと違うと思います。人に何かを届けるところにこそ、プロの音楽家としての存在意義があると信じているからです。
音楽というのは、多くの人々にとって「これがなければ死んでしまう」というような必需品ではありません。だからこそ、それを仕事としていることの幸せと、使命を考えなければならないのです。たしかに、アバンギャルドな方向の現代音楽を極める仕事も重要でしょう。しかし、それはいわば学者的な人々の仕事であり、その方面における才能を持った少数の人が目指せばいい道です。大多数の音楽家は、「ふつうの人々」に「幸せ」を伝えていく仕事に、もっと力を入れた方がいいというのが私の考えです。
そんな私の考えに共感してくれる人は、とくに若い作曲家たちには少なくありません。だから、現代音楽的な音楽一辺倒というのは、ひとつの流行であって、やがてあるべき姿に回帰していくとも考えています。
この夏、「かなざわ国際音楽祭2003オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)アニバーサリーコンサート」を通して、私はOEKと関わりを持つようになりました。私が手がけるのはポップスコンサート。「スター・ウォ ーズ」「シンドラーのリスト」のテーマなど映画音楽や、「利家とまつ」のためにつくった「永久(とわ)の愛」のアリアバージョンなど、一般の人たちに親しみを感じてもらえる曲を、80人編成のフルオーケストラで楽しんでもらうというものです。
ボストン交響楽団が、100年にも渡って続けているポップスコンサートは有名でしょう。野外コンサートに市民たちがピクニック気分で集い、ボストン交響楽団の演奏を楽しみつつワインを傾け、花火まで上げてしまう。ボストン市民たちにとって、「自分たちのオーケストラ」という愛着を深めるために大切なイベントです。OEKは石川県で唯一のオーケストラであるとともに、岩城宏之さんが音楽監督をつとめることでもわかるように、実力と可能性を持った交響楽団です。ポップスコンサートを通して、市民とクラシック音楽のいい関係を築くことができれば、日本におけるボストン交響楽団的存在になれるかもしれません。また、このムーブメントが日本中から注目されるまで、その存在感を高めていきたいと考えています。
音楽家を目指す若い人たちには、できる限り幅広いジャンルの音楽に触れてほしいですね。クラシック音楽を志すからクラシックだけというのではなく、それ以外のジャンルでも、意識して聴くようになって下さい。必ず、何か応用できるものがあるはずです。たとえ今すぐ役立つ要素がなかったとしても、世の中にはいろいろな音楽があり、それを愛するいろいろな人々がいることを知るのは、きっと将来につながります。
そして、もうひとつ伝えたいのは、キャスリーン・バトルのような一流の演奏家であっても、プライベート・レッスンのためにトレーナーについているということ。このことの重さを、よく考えてほしいと思います。どんなに高く評価されていても、さらに高いレベルの音楽表現を求め続けるという姿勢は、声楽でも器楽でも、そして作曲の世界でも共通するものだからです。
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